新版 インドを知る事典

本書の「まえがき」でも述べられているように、「多様性の国」「何でもアリ」のインドを1冊の本で「すべて」論ずるなど、実態的に不可能な事だ。そんな困難な状況の中、これまで読んだ幾多の「インド本」の中でも、インドを「広く深く」知るための1冊として最も優れているのではと感じられたのが、この「インドを知る事典」。あまりに地味なタイトルと装幀で損？している部分もあるが、中々に侮れない1冊である。本書は400ページ強にわたり、「歴史・宗教」「衣食住」「暮らし」「映画」「産業」など全11章に分けて様々なテーマが整然と論じられた内容。文章が非常に読みやすく、過度な専門性も無いので、インドに関する予備知識をあまり持たない読者でもとっつきやすいだろう。それでいて、内容は決して「薄味」では無く、著者の山下氏や岡光氏の実体験が随所に盛り込まれ、この国の「いろいろ」が非常にヴィヴィッドに描かれているのにも感心する。私自身は数回インドへの渡航体験があるが、読みながら「ああ、あるよねこういう事」「ああ、いるよねこういう人」とニヤリとさせられる箇所に事欠かなかった。尚、共著本の場合、記載内容にダブりがあったり、著者間の見解に齟齬があったり、という事が起こりがちだが、本書はそういう「残念」な点が無く、1冊の本として見事な統一感がある。「まえがき」によれば、共著者お二人が、書いたものに対し「入念なクロスチェックを行なった」そうだが、それがうなずける出来栄えとなっており、丁寧な仕事には敬意を表したい。また、多くの事柄が（結果的に？）「北部」と「南部」の対比で書かれており、著者に縁の深い「南部インド」に関する記載が多いのも本書の特色。多くの日本人にとってのインドのイメージは、恐らくはデリーやアグラに象徴される「北部インド」のそれに偏っていると思われるが、そんな見方を「矯正」するためにも有意義な書である。掲載されたエピソードの中で特に印象深いのは、寺院で剃髪された髪の毛が、欧州への貴重な「輸出品」となっている事（P.216/この事はフランスのテレビ「F2」のニュースの中でも放映されていた）。ヨーロッパ人の髪とインド人の髪は細さや性質がきわめて似ており、カツラなどにした場合、良くなじむのだそうだ（P.217）。また水資源の枯渇や深刻な大気汚染の問題には今さらながら驚かされる（P.362~）。インド人と「動物」の関わりをとりあげた部分も面白い。特に「猫」と「犬」との関わり方（P.278～）を読むと、インドの人々の「動物観」「生命観」のようなものが垣間見えるように思われる。インドの持つ個別の問題の更なる掘り下げを望む方は、特定分野に的を絞った別の「インド本」を合わせて読む必要があるとは思う。ただ、あまりに数の多いインド本の中で、「何から読むか」と迷っている方に「最初の1冊」として充分お薦め出来る好著である。